ケヴィン・ケリー 著 | 服部 桂 | NHK出版 | 416p | 2,000円(税別)

1.BECOMING ビカミング
2.COGNIFYING コグニファイング
3.FLOWING フローイング
4.SCREENING スクリーニング
5.ACCESSING アクセシング
6.SHARING シェアリング
7.FILTERING フィルタリング
8.REMIXING リミクシング
9.INTERACTING インタラクティング
10.TRACKING トラッキング
11.QUESTIONING クエスチョニング
12.BEGINNING ビギニング

 インターネットをはじめとするデジタルテクノロジーが世界を一変させたことに異論のある人はほとんどいないだろう。では、今後はどのような変化が起きるのか? デジタルカルチャーのオピニオンリーダーとされる「WIRED」誌の創刊編集長、ケヴィン・ケリー氏による本書は、その疑問の答えを探っている。テクノロジーが今後30年で世界にもたらすであろう不可避な変化を12個の動詞に整理。それぞれに沿った近未来の地図を鮮やかに描き出している。原書は発売されてすぐにニューヨーク・タイムズのベストセラー入りを果たし、日本語版もロングセラーになっている。著者は現在、ニューヨーク・タイムズ、エコノミスト、サイエンス、タイム、WSJなどで執筆するほか、WIRED誌の〈Senior Maverick〉という肩書で活躍。著書に『テクニウム_テクノロジーはどこへ向かうのか?』(みすず書房)などがある。


インターネットは2016年現在、まだその始まりにすぎない

 テクノロジーの性質そのものに、ある方向に向かうけれど他の方向には行かないという傾向(バイアス)がある。基本的にこうした傾向は、テクノロジー全体を規定する集合的な力として存在し、個々のテクノロジーやその状況には影響を与えない。

 例えば、ネットワークのネットワークとして世界に広がったインターネットそのものは不可避だが、われわれがどんな種類のインターネットを選んだかはその限りではない。それは非営利でなく商業的に、世界規模でなく国ごとに、公共のものでなく私的なものになっていたかもしれない。

 デジタル世界に躍り出てくる突き抜けたテクノロジーに遭遇すると、まずはそれを押し戻したいという衝動に駆られるかもしれない。止めるか、禁止するか、拒否するか、少なくとも利用しづらくするのだ(一つの例として、インターネットが音楽や映画を簡単にコピーできるようにすると、ハリウッドや音楽業界はあらゆる手でコピーを阻止しようとした。だがそのかいもなく、顧客の中に敵を作るだけに終わった)。不可避なものを阻止しようとすれば、たいていはしっぺ返しに遭う。禁止は一時的には最良の策であっても、長期的には生産的な結果をもたらさない。

 それより、目を見開いて警戒しながらも利用する方がずっと上手くいく。その性質が目に見えれば、逆らうのではなく、それと一緒に動いていける。テクノロジーを妨害することなく、協働することによってのみ、その果実を得ることができるのだ。

 テクノロジーによって、われわれが作るものはどれも、何かに〈なっていく(ビカミング)〉プロセスの途中にある。あらゆるものは何か他のものになることで、可能性から現実へと攪拌される。すべては流れだ。完成品というものはないし、完了することもない。決して終わることのないこの変化が、現代社会の中心軸なのだ。

 この絶え間ない変化の上に、現代の破壊的進歩が成り立っている。いまに続く多様なテクノロジーの力を渡り歩いてきた私は、それらの変化を、アクセシング、トラッキング、シェアリングといった12の動詞に分類してみた。こうした12の連続した行動の一つひとつがいまのトレンドとなり、少なくとも今後30年は続いていくことを示し続けている。私はこうしたメタレベルのトレンドを「不可避」と呼ぶ。というのはそれらが社会ではなくテクノロジーの性質に根差したものだからだ。

 あたかも参加することが栄養源となるかのように、市井の人々が膨大なエネルギーと時間を注いで無料の百科事典を編み、パンクしたタイヤ交換のための無料チュートリアルを公開し、上院での投票を分類して一覧にまとめている。こうしたやり方で運営されるウェブが、どんどん増えている。産業革命を経て、大量生産されるものが個人で作るどんなものより優れている時代にあって、消費者が突然こうして関わりだすのは驚き以外の何ものでもない。「素人が手作りする話は、馬と馬車の時代のような遠い昔に滅んでいる」とわれわれは思っていた。

 この絶好調なウェブがこれから30年でどう変わるのかと考えると、まずウェブ2.0のような、より優れたウェブというものを想像したくなる。しかし2050年のウェブは、より優れたウェブではない。それは何か新しい、最初のウェブとテレビの違いほどかけ離れた、まるで違ったものになるのだろう。

 インターネットはまだその始まりの始まりに過ぎない。もしわれわれがタイムマシンに乗って30年後に行って、現在を振り返ってみたとすると、2050年の市民の生活を支えているすばらしいプロダクトのほとんどは、2016年には出現していないことに気づくだろう。未来の人々はウェアラブルなVRコンタクトレンズなどを見ながら、「あぁ、あの頃には、インターネット(その頃は何と呼んでいるのか知らないが)なんて、まるでなかったんだね」と言うだろう。

AIは何十億ものコンピュータネットワークによる超生命体に

 人工知能(AI)が安価で強力でどこにでもあるようになったとき、これに匹敵するような「すべてを変える」力を想像することは難しい。現在あるどんなプロセスにでも、ほんのちょっと有用な知能を組み込んでやるだけで、まるで違うレベルの動きをするようになる。動きのないモノを認知化(コグニファイ)することで得られる利点は、産業革命の何百倍もの規模で、われわれの生活に破壊的変革をもたらすだろう。

 最初の正真正銘のAIは、独立型(スタンドアロン)のスーパーコンピューターの中ではなく、インターネットとして知られている何十億ものコンピューター素子で造られた超生命体の中で生まれることになるだろう。ネットに組み込まれて互いにゆるく結ばれ、この惑星全体を薄く覆うことになるだろう。AIの思考がどこから始まって、われわれの思考がどこまでなのか、その境界ははっきりしなくなる。そうしてネットワーク自体がコグニファイしていき、いつまでも改良され続けるという不思議な存在になっていくのだ。

 いま出現しつつあるAIによってなされる思考は、人間のそれとは似ていない。チェスを指したり、車を運転したり、写真に何が写っているかを説明したりといった、かつては人間にしかできないと思われていた仕事をこなしているが、それを人間のようなやり方で行なっているわけではない。

 AIは科学について異星人のように考えるだろう。それがあまりに人間の科学者と違う考え方なので、人間も科学に対して違った考え方をするよう迫られるだろう。あるいは、モノ作りやファッション、金融サービス、科学やアートのどんな分野でも、同様の現象が起きるだろう。

全人類の集合的知能と全マシンの集合的行動の結合から現れるもの

 これから何千年もしたら、歴史家は過去を振り返って、われわれがいる3000年紀の始まる時期を見て、驚くべき時代だったと思うだろう。この惑星の住人が互いにリンクし、初めて一つのとても大きなものになった時代なのだ。その後にこのとても大きな何かはさらに大きくなるのだが、あなたや私はそれが始まった時期に生きている。

 その頃から人間は、不活性な物体にちょっとした知能を加え始め、それらをマシン知能のクラウドに編み上げ、その何十億もの心をリンクさせて一つの超知能にしていったのだ。このとても大きな傑作を何と呼ぶべきだろうか。それはマシンよりも生物に近い。その中心には70億の人々──すぐに90億に達するだろう──がいて、それぞれの脳を相互にほぼ直接リンクさせ、常時接続するレイヤーを作り出して自分たちをすぐに覆い始めた。

 私はこうした惑星レベルのレイヤーのことを、ホロス(holos)という短い言葉で呼ぶことにする。この言葉で私は、全人類の集合的知能と全マシンの集合的行動が結び付いたものを意味し、それにプラスしてこの全体から現れるどんな振る舞いも含めている。

 この地球規模のシステムを有用で生産的にするには、誰が一体プログラムを書くのだろうか? われわれだ。ウェブをぼんやりサーフィンしたり、友人のために何かを投稿したりするのは時間の無駄だと思われているが、われわれがクリックをするたびにホロスの知性の中にあるノードを強化する。つまりシステムを使うことでプログラミングしているのだ。

 われわれは〈始まっていく(ビギニング)〉プロセスの中にいて、その非連続性のまさにエッジにいる。新しい領域では、中央集権的な権威や画一性といった古い文化は縮小し、シェアし、アクセスし、トラッキングするという新しい文化的な力が、さまざまな組織や個人の生活を支配するようになる。

コメント

「知の巨人」と称される作家・ジャーナリストの立花隆氏は、約20年前の著書『インターネットはグローバルブレイン』(講談社)で、ガイア仮説(地球を一つの生命体と捉える考え方)をもとに、インターネットが地球全体の脳(グローバルブレイン)として機能するのではないかと論じている。これは、本書でケヴィン・ケリー氏が「ホロス」と表現する全地球的知性とつながる考え方ではないか。グローバルブレインの脳細胞にあたるのは個々の人間であり、脳内のパルス(信号)のやりとりが、情報の流れということになる。本書で挙げられている12の動詞は、グローバルブレインを成長させ、機能させるのに“不可避”な動きなのだろう。

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