今年2016年の「土用の丑の日」は7月30日。日本で、いや世界でも、おそらくもっとも多量のウナギが人間の胃の中に入る日です。ウナギを使った料理は世界に存在しますが、日本ほど食文化として定着している国はありません。『ウナギと人間』(築地書館)によれば、ウナギの国際取引は何十億ドルにも上る産業で、市場はほとんど日本人の嗜好によって動かされているそうです。

 「土用の丑の日」の習慣、そして蒲焼をはじめとする独特の料理法が普及したおかげで、私たちはウナギと聞くと、あの脂ののった茶色い物体と香ばしい匂いを思い浮かべます。ですが、世界には、ウナギを食べ物どころか、神として崇める民族もいます。『ウナギと人間』は、自然をテーマとする著作に定評のある米国人ライター、ジェイムズ・プロセックが、日本を含む世界各地を旅して、ウナギと人間のさまざまなかかわりを探ったノンフィクションです。 

 ウナギを「神聖な生き物」として崇拝の対象とするのは、ニュージーランドの先住民族マオリ。「タニファ」という民族の守護神にあたる存在が、巨大なウナギの形を借りて現れると伝えられています。タニファの化身であるウナギを殺すと、「マクトゥ」という呪いをかけられます。

 ポリネシアにはウナギにまつわるロマンティックで不思議な伝説があります。シーナという美しい少女が、ウナギのトゥナと恋に落ち、それを問題視した戦士がトゥナの首を切り落とします。シーナはその首を海岸の砂に埋めると、そこからココナツの木が生え、実ったココナツの実がトゥナの顔をしています。シーナがココナツに口をつけてミルクを飲むと、それはトゥナとキスをしていることになります。

 ウナギについては、深刻な問題も持ち上がっています。種の減少が進み、世界的に絶滅の危険性が指摘されているのです。日本人が食用としているニホンウナギは2014年に国際自然保護連合より絶滅危惧種の指定を受けました。

 『ウナギと人間』にも登場する、ニホンウナギの産卵場所を世界で初めて発見した塚本勝巳さん(現・日本大学生物資源科学部教授)は、最近「ハレの日ウナギ」を提唱しています。ウナギを日常的に食べるのを避け、「ハレの日」、すなわち記念日など特別な日にのみ食するご馳走としよう、という呼びかけです。食べる頻度を減らすことで絶滅の危機からウナギを救うことが目的です。

  「丑の日」を「ハレの日」にしてもいいでしょう。ご馳走としてのうな重に舌鼓を打ちつつ、ウナギにまつわるロマンに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


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ウナギと人間』 ジェイムズ・プロセック 著  小林 正佳 訳(築地書館