常見 陽平 著 | 祥伝社(祥伝社新書) | 256p | 800円(税別)

はじめに 合理的な残業に、どう立ち向かうのか?
1.日本人は、どれくらい残業しているのか?
2.なぜ、残業は発生するのか?
3.私と残業
4.電通過労自死事件とは何だったのか?
5.「働き方改革」の虚実
6.働きすぎ社会の処方箋

【要旨】大手広告会社社員の業務過多が主因と思われる自死事件は世間に衝撃を与え、長時間労働の是正について皆が考えるきっかけを与えたといえる。政府が進める「働き方改革」においても、残業時間削減や、効率化による生産性向上の議論に力点がおかれる。だが、残業はなかなかなくならない。それは日本の労働社会が現状、残業を前提として成り立っており、日本企業の論理では残業はきわめて「合理的」だからだと、本書の著者は指摘する。本書では、それでもさまざまな面から残業は削減すべきとし、解決が容易ではない残業問題にどのように立ち向かうか、自身の経験や、痛ましい自死事件の分析を踏まえて論じている。とくに政府の「働き方改革」については「改革」ではなく「改善」にすぎないとし、さらなる本質的な議論を求めている。著者は、リクルート、バンダイなどに勤務の後、2015年4月から千葉商科大学国際教養学部専任講師。働き方評論家として執筆・講演、メディア出演等の活動を展開している。


残業がなくならないのは日本企業にとって「合理的」だから

 「日本企業の残業は、なぜなくならないのか?」。その答えは簡単だ。
 残業は、合理的だからだ。
 残業もまた、柔軟な働き方だからだ。
 残業しなければならないように、労働社会が設計されているからだ。
 残業は、日本における雇用システム、特に従業員の雇用契約、仕事の任せ方から考えると必然的に発生するものである。残業は、人手不足を補う意味や、仕事の繁閑に柔軟に対応するものでもある。

 残業の発生原因を考えてみよう。厚生労働省の『平成28年版過労死等防止対策白書』の中で紹介されているデータの中でも、厚生労働省による「平成27年度過労死等に関する実態把握のための社会面の調査研究事業」の調査結果は、わが国における長時間労働の発生原因を知るために有益だと言える。

 この調査で、残業が発生する理由として、企業側では「顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため」「業務量が多いため」「仕事の繁閑の差が大きいため」が、上位にある。従業員側では「人員が足りないため(仕事量が多いため)」「予定外の仕事が突発的に発生するため」「業務の繁閑が激しいため」が上位に入った。

 個々人の能力に関する原因ではなく、仕事のあり方や量によるものだということに注目したい。残業の原因となるものは、従業員としても、一部は経営者ですらコントロール不能なものが並んでいる。

 私が出演したテレビ番組、NHK「週刊ニュース深読み」の「働き方」特集では、ダラダラした会議、上司が残っているから帰れないなどが残業の論拠として挙げられていた。事前の打ち合わせでは、番組スタッフには何度も、会議よりも、上司との関係よりも仕事の絶対量や任せ方の問題だと主張した。テレビ番組にはわかりやすさと共感が必要だ。しかし、データを見ても組織や個人で努力できるレベルを超えていることも、また事実である。

 別の切り口から残業の合理性について考えてみよう。残業というものは経営者側にとってメリットがあるものなのである。労働者を増やすよりも、労働時間を延ばして残業で対応した方が、費用が安くすむ可能性があるからだ。さらに、労働者としては残業手当が生活費化している者もいる。

「人に仕事をつける」メンバーシップ型システムが残業を増やす

 日本における残業の根本的な問題は、仕事の任せ方である。言うなれば「仕事に人をつける」のか「人に仕事をつける」のかという違いである。簡単に言えば、前者が欧米型で後者が日本型だ。ジョブ型とメンバーシップ型の違いである。

 「仕事に人をつける」という世界観では、業務内容や責任などを明確にすることができる。そうであるがゆえに、仕事が定型化しやすい。仕事の引き継ぎもしやすい。
 一方、「人に仕事をつける」という世界観においては、ある人に複数の業務が紐付けられることになる。これを繰り返していくと、複数の仕事を担当するがゆえに、仕事の終わりが見えなくなる。

 もっとも「人に仕事をつける」システムにもメリットはある。人のマルチタスク化、多能工化が進む。人員の増減にも柔軟に対応することができる。だが、このように、日本における仕事の任せ方自体が残業を誘発してしまうという構造も、頭に入れておきたい。

 別に私は残業を礼賛するつもりはない。次の観点から、残業については是正しなくてはならないと考えている。
1.安全衛生管理の問題
2.労働への参加者を制限する側面
3.ワーク・ライフ・バランス、クオリティ・オブ・ライフの問題

 2.は、長時間労働ありきのために、多様な人の社会参加を限定する可能性がある。特に育児や介護と両立する人などの参加を制限する側面がある。
 3.については、人生は仕事だけではない。仕事と生活をそれぞれ充実させるための取り組みが必要である。

政府の「働き方改革」は「改革」ではなく「改善」レベル

 2017年2月時点で、政府は、働き方改革実現会議での議論をうけて、労働基準法の改正を検討していると報じられている。政府案は年間で月平均60時間、繁忙期を考慮し最大で月100時間の残業まで認める案も出ている。

 繁忙期への対応はたしかに考慮するべきだ。しかし、過労死ライン(※月80時間)を超える労働時間が容認されることを明記するのはどうか。また、上限であるとはいえ、月間残業60時間は立派な長時間労働者である。
 一方、仮に60時間だとしても、仕事の絶対量と任せ方を見直すと言う視点がなければ達成は困難だろう。これに法規制をかけることで、サービス残業が誘発されることも懸念される。

 業績の目標が変わらないまま、人材確保の施策も不十分なままだとやはりサービス残業を誘発してしまうのではないか。私は規制には反対ではない。ただ、他の施策も含めて段階的に行なわなくては、実現不可能な対策になってしまうのではないか。

 政府が掲げる「働き方改革」、中でも特に長時間労働是正に関する問題点は、その原因である「業務量」や「仕事の任せ方」などに踏み込まないことである。これは「改革」ではなく「改善」レベルである。

「はかる」の徹底、受注ルールの明確化で残業時間削減へ

 私が提案したいのは、日本を代表する企業であるトヨタ自動車が、長年かけて作り上げてきた財産であるトヨタ生産方式を労働時間短縮に活かすことである。

 2002年4月1日、トヨタ自動車とリクルートグループの合弁会社、株式会社オージェイティー・ソリューションズが設立された。私はこの企業の立ち上げメンバーとして(リクルートから)送り込まれた。

 そして、モノづくりの鬼神たちの職場管理スキル、改善スキルを見て感動した。あらゆるものが「見える」状態になっていることに驚いた。
 労働時間短縮に取り組む際に、まず状況を把握するために「はかって」みるのだ。作業をビデオで撮影する。どの順番で、どの動作で作業し、何に何秒かかっているかを分析する。これにより3ムダラリ(ムリ、ムラ、ムダ)を明らかにする。そのうえで、改善プランを考える。

 長時間労働の是正の大合唱だが、これを適切に行なうためにも労働実態の把握は急務である。現状でも、過労死などが発生した場合に企業がその実態を把握しきれていないことがある。このようなことを避けるためにも、労働時間とその中身について把握することを企業に義務付けることを検討できないか。

 また日本の長時間労働の原因は、取引先に振り回されることに起因している。彼らが過剰な要求をしてくるのである。
 すべての企業に当てはまるわけではないが、私は「予約のとれない寿司屋モデル」を提唱したい。要するに仕事の絶対量や、客を選ぶモデルである。客にルールを提示するのである。予約のとれない寿司屋は、席数もせいぜい10席で、1日1回転で終了する。1日の人数が決まっているので、それ以上は忙しくならない。

 たとえば、私の知人が経営する東京都武蔵野市にある佐藤創作デザイン事務所ガーベラは出社するのは週4日、金曜日は在宅勤務、10時出社6時半退社をルールとしている。
 この企業は「仕事と家庭の両立」を理解してくれる企業とのみ取引する。デザイン業界でありがちなムリな要求、曖昧な要求を廃し、コミュニケーションを密にすることで、仕事のやり直しも防ぐようにし、一発OKの仕事を増やしている。仕事の単価も上がった。顧客も紹介で増えていく。

 もちろん、これは数名のデザイン事務所だからできることでもあるが、顧客を選ぶ、絞る、仕事の絶対量を減らす、仕事の受注ルールを明確にするというのも、一つの選択肢なのだ。

コメント

企業が競争力を高めるには、生産量やサービスの質をアップしなければならない。それを費用対効果の高い方法で実現するのに、もっとも手っ取り早いのは、残業を強いるなどして従業員の労働量を増やすことだ。しかし、長時間労働により従業員が消耗すれば、結局は生産量を上げるのが難しくなる。つまり、著者の言うように残業が「合理的」だったとしても、それは「木を見て森を見ず」の近視眼的な合理性である。労働量を過多にしないことを前提に競争力を高める工夫をすることが、持続可能な経営につながる。そのためには「予約のとれない寿司屋」モデルのように顧客に妥協を強いるか、トヨタ生産方式のように徹底した管理をするか、どちらかだと思う。どちらを選ぶかは、各企業の状況や体力による。まずは自社の状況を把握することが残業対策の第一歩になるのだろう。

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