クレイトン・M・クリステンセン/タディ・ホール/カレン・ディロン/デイビッド・S・ダンカン 著 | 依田 光江 | ハーパーコリンズ・ジャパン | 392p | 2,000円(税別)

序.この本を「雇用」する理由
1.ミルクシェイクのジレンマ
2.プロダクトではなく、プログレス
3.埋もれているジョブ
4.ジョブ・ハンティング
5.顧客が言わないことを聞き取る
6.レジュメを書く
7.ジョブ中心の統合
8.ジョブから目を離さない
9.ジョブを中心とした組織
10.ジョブ理論のこれから

【要旨】1997年に米国で刊行された『イノベーションのジレンマ』(邦訳2000年、翔泳社)は、単行本として初めて「破壊的イノベーション」の概念を提示、イノベーション論のバイブル的存在となっている。同書はハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・M・クリステンセン教授の初の著作だが、同教授は同書をベースに、実際に企業がイノベーションを実践するにあたっての理論的枠組み「ジョブ理論」の研究を進めた。20年以上の歳月を経て確立した同理論を詳細に、わかりやすく解説したのが本書である。ジョブ理論とは、イノベーションやマーケティングの鍵を「顧客が片づけたいジョブ」にあるとし、それを解決するのに必要なモノやサービスを「雇用」する、という考え方。本書では、豊富な例を挙げながら、ジョブの見つけ方からそれを生かすのに最適な組織のあり方までを実践的に解説している。主著者のクリステンセン氏は現在ハーバード・ビジネス・スクールのキム・B・クラーク記念講座教授。経営コンサルタント会社イノサイトを含む四つの会社の共同創業者でもある。


ミルクシェイクを雇用する理由であるジョブは朝と夕で異なる

 ファストフード・チェーンのプロジェクト──「どうすればミルクシェイクがもっと売れるか」──にたずさわったことがある。このチェーン店は、すでに数カ月をかけて驚くほど詳細に調査していた。ミルクシェイクを買う典型的な客のプロフィールに合致する人を呼び止め、質問を浴びせた。「どんな点を改善すれば、ミルクシェイクをもっと買いたくなりますか? 値段を安く? 量を多く? もっと固く凍らせる? チョコレート味は?」

 チェーン店は、回答者のフィードバックに応えて、いちばん数の多い潜在的ミルクシェイク購入者層を満足させるイノベーションを何度か試してみた。数カ月後、売る側があれこれ努力しても、そのチェーン店のミルクシェイクの売上に変化はなかった。

 そこで調査チームの私たちは、まったくちがう方向から課題に取り組もうと考えた。「来店客の生活に起きたどんなジョブが、彼らを店に向かわせ、ミルクシェイクを“雇用”させたのか」

 来店客はたんにプロダクトを買っているのではない。彼らの生活に発生した具体的な「ジョブ」を、ミルクシェイクを「雇用」して片づけているのだ。プロダクトやサービスを買う、という行為を引き起こさせる原因は、われわれの誰にでも毎日起きている。日々の生活のなかで片づけたいジョブが発生し、それを解決するためにプロダクトやサービスを「雇用」するのだ。

 この観点のもと、調査チームはある日、店頭に18時間立って客を観察した。観察してわかったのは、午前9時まえにひとりでやってきた客に売れるミルクシェイクが驚くほど多かったことだ。購入客のほとんどがミルクシェイクだけを買い、店内では飲まず、車で走り去っていた。チームは客に尋ねてみた。「どういう目的(ジョブ)のためにあなたはこの店に来てミルクシェイクを買ったのですか?」

 すぐ明らかになったのは、早朝の顧客は誰もが同じジョブを抱えていたということだった──「仕事先まで、長く退屈な運転をしなければならない」。だから、通勤時間の気を紛らわせるものが必要だ。しかも、いまはまだ腹はすいていないが、あと1、2時間もすれば、そうなることがわかっている。このジョブを片づけられるライバルはたくさんいるが、完璧にこなせるものはほかになかった。ある客は言った。「ときにはバナナを食べますよ。だけどバナナじゃだめなんだなあ。すぐに食べ終えてしまうから。で、結局、また腹が減ることになる」。ミルクシェイクは、客が思い浮かべるバナナやベーグルやドーナツ、栄養バーやスムージー、コーヒーなど、競争相手のどれよりもこのジョブをうまく片づけるのだった。

 ミルクシェイクを買う人たちのあいだに、人口統計学的な共通要素はなかった。彼らに共通するのはただ、午前中に片づけたいジョブがあることだけだった。「朝の通勤のあいだ、ぼくの目を覚まさせていてくれて、時間をつぶさせてほしい」

 ミルクシェイクは午後や夜にも、通勤客以外にも、大量に買われている。これはつまり、まったくちがうジョブのためにミルクシェイクを「雇用」する可能性があるということだ。
 ある日の夕方、私は息子といっしょに列に並んでいる。順番が来ると息子は私を見上げてこう言う。「パパ、ミルクシェイクもいい?」。私は言う。「いいとも、ミルクシェイクを頼もう」。その瞬間のミルクシェイクにとってのライバルは、玩具店に立ち寄ること、あるいはあとで時間をつくってキャッチボールをすることだ。

 朝のジョブには、退屈な通勤時間をなるべく長く埋められるように、より濃厚なミルクシェイクが必要である。でも、夕方の「子どもにいい顔をしてやさしい父親の気分を味わう」ジョブは朝とはまるでちがう。夕方のミルクシェイクは、半分のサイズでいいのではないか。さっと飲み終えて、父親のうしろめたい気持ちが短時間ですむように。

ジョブとは「ある特定の状況で人が遂げようとする進歩」

 近年になし遂げられたすばらしいイノベーションを振り返れば、その成功にはきっと、暗黙的か明示的かは別にして、「片づけるべき」ジョブの特定がおこなわれていたのだと思う。そして、そのジョブをきわめてうまく遂行できるプロダクト/サービスを提供したのだ。ウーバーがおこなったのは、従来の都市交通で充分に満足されていないジョブを見つけ、掘り下げて理解したことだ。

 ジョブ理論の中核には、単純だが強力な知見が込められている。顧客はプロダクトやサービスを購入するのではなく、進歩するために、それらを生活に引きこむというものだ。われわれは「ジョブ」を、“ある特定の状況で人が遂げようとする進歩”と定義する。重要なのは、顧客がなぜその選択をしたのかを理解することにある。

 われわれの経験に照らすと、マネジャーたちはたいてい「状況」を考慮しない。むしろ彼らは、イノベーションを探索する旅のなかで、次の4つの原則のどれか、または複数の組み合わせを追求するのが典型だ。「プロダクトの属性」「顧客の特性」「トレンド」「競争反応」。だが、これらを追求するだけでは不充分であり、顧客の行動を予測することはできない。

 ジョブから得る知見は数字ではなくストーリーだ。ジョブ理論が重点を置くのは、「なぜ」である。たとえば、喫煙者が一服しようと休憩をとるとき、ある面では身体が欲するニコチンを摂取したいだけといえる。だが、このとき起こっているのはそれだけではない。彼らは気を落ち着かせ、リラックスするという、感情面のメリットを享受するためにタバコを雇用している。

 さらに、ごく一般的なオフィスビルで働いているなら、タバコを喫うには外へ出て所定の喫煙所へ行かなければならない。その選択には感情面だけでなく社会面でのメリットもある。仕事に区切りを入れて、仲間とくつろぐことができるのだ。

 このような観点から見ると、人がフェイスブックを雇用する理由も多くが喫煙と共通している。仕事の合間に休憩しようとフェイスブックにログオンし、仕事とは別のことを考えながら数分ほどリラックスして、遠く離れた友人たちと仮想井戸端会議を開く。ある意味フェイスブックは、じつはタバコと同じジョブをめぐって競い合っているといえる。喫煙者がどちらを選択するかは、状況によって異なる。

 マネジャーや業界アナリストは似たような企業や業界やプロダクトを同じバケツに入れる。コカコーラ対ペプシ。プレイステーション対XBox。バター対マーガリン。こうした従来の勢力地図の見方に凝り固まっていると、ベンチマークの結果や世間の動向ばかりに引きずられ、イノベーションの可能性を狭めてしまう。

 「片づけるべきジョブ」について学べるのは、なんらかのプロダクト/サービスを雇用している人からだけではない。なんのプロダクト/サービスも雇用していない人からも、同じくらい多くのことを学べる。自分のジョブを満たす解決策を見つけられず、何も雇用しない道を選ぶことをわれわれは「無消費」と呼ぶ。

 エアビーアンドビーのグローバル戦略部門のトップ、チップ・コンリーによると、ゲスト(借りるほう)の40パーセントは、エアビーアンドビーがなければ旅行に出かけなかったか、家族の家に泊まっただろうと言うそうだ。また、ホスト(貸すほう)もほぼ全員が、エアビーアンドビーが出てくるまえは、一部屋だけにしろ家一軒にしろ、人に貸そうなどとは思ったこともなかったそうだ。つまりエアビーアンドビーは無消費とも競ってきたのだ。

コメント

本書で示されている「ジョブ」については、海外のスタートアップなどでは「JTBD(Jobs To Be Done)」という言葉でしばしば使われているようだ。実際の人事における「雇用」には「ジョブ型」と「メンバーシップ型」があるとされることが多い。「仕事に人をつける」のが前者で、後者は「人に仕事をつける」。『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社新書)の著者・常見陽平氏などは、日本企業は後者の「メンバーシップ型」雇用を行いがちと指摘している。これを本書の議論に当てはめて考えると、日本で画期的なイノベーションが起こりづらいと言われる原因の一端が見えてこないだろうか。「メンバーシップ型」で技術先行の商品開発をしてしまい、いろいろなジョブを想定して無駄に多機能になってしまう。イノベーションと働き方改革を合わせて、日本企業の総体的な弱点を考えるべきなのかもしれない。

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