米澤 泉 著 | 幻冬舎(幻冬舎新書) | 174p | 780円(税別)

1.なぜ、ユニクロが「国民服」になったのか?
2.ユニクロは「服」ではなく、「くらし」を売っている
3.みんな、おしゃれよりもくらしが好き
4.ユニクロがおしゃれの勝負を終わらせた
5.ユニクロ隆盛時代の欲望のかたち


「ユニクロ」という衣料のブランドが誕生して20年以上になる。フリースやヒートテックなどが大ヒットし、ユニクロは「国民服」と呼ばれるほど人気を博す。だが、かつては安くて機能的だが、「おしゃれ」とは言いがたかった。それが今ではファッション誌に特集されるようにもなっている。なぜだろう? 本書では、ユニクロのメッセージや戦略、そしてそれが受け入れられる消費社会の変化を読み解き、「服を着ること」の意味が、人々の欲望のかたちが、どのように変わってきたかを探っている。画期的な機能性と普遍的なデザイン性をまとった「ライフウェア」を標榜するユニクロは、「インスタ」ブームに象徴されるエシカル(Ethical:環境や人権などを尊重する倫理的な「正しさ」)で「ていねいなくらし」を求めるようになった社会の変化に沿って、あるいは主導することで人気ブランドになり得たという。著者は、甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授。1970年生まれで、女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)を専門とする気鋭の社会学者である。


人々が「たかが服じゃないか」と気づいたことでユニクロが人気に

 1980年代はファッションの時代だった。人と違う服を着ることは人と違う私を表現すること──ファッションによる差異化、ファッションによる「私探しゲーム」に人々が興じていた時代だった。世間はDC(デザイナーズ&キャラクター)ブランドブームに沸いていた時代である。少数精鋭で個性的であることを特徴としたブランドは、若者を中心に大人気となった。

 だが、このDCブランドブームは意外にも短命だった。一時代を築いたDCブランドは86年にピークを迎えた後、平成を待たずにその役割を終えてしまう。コピーブランドやコピー商品が次々と登場し、既製服のほとんどがDCブランド風になってしまったことにより、個性的であるというその生命線を絶たれたのである。もちろん、DCブランドを追いかけることに疲れ切った人々がごく普通の服を求めるようになったということも指摘しておかねばならない。

 カジュアル衣料品店「ユニーク・クロージング・ウェアハウス」が「ユニクロ」に名を改めたのが、1988年のことである。DCブランドブームがちょうど終わりを告げ、人々の目はベーシックな普通の服に向き始めていた。この波に乗ったユニクロは、店舗数を次々と増やし、成長する。

 言うまでもなく、これはユニクロの序章にすぎなかった。90年代の後半になると、破竹の勢いで日本中を席巻し、一人一着という具合にフリースを「国民服」のように定着させるに至った。おじいちゃんから孫まで誰でも着られるユニクロ。暖かくて、軽くて、コストパフォーマンスにも優れているユニクロ。カラーバリエーションもアイテムも充実しているユニクロ。どこででも買えるユニクロ。かつてこんな服が存在しただろうか。

 「ユニクロの服は「カジュアル」です。「カジュアル」は年齢も性別も選びません。国籍や職業や学歴など、人間を区別してきたあらゆるものを超える、みんなの服です。活動的に、快適に生きようとするすべての人に必要な服です。服はシンプルな方がいい。私たちが作る服は、着る人自身のスタイルが見えてくる服であってほしいと思います」(ユニクロ2000年秋・カタログ)

 馬車をカボチャに戻すように、ドレスを日常着に戻すように、個性的で過剰な服をリアルクローズ(現実性のある服)に戻したこと、それがユニクロの功績である。人々がユニクロを着るようになったのは、「たかが服じゃないか」ということに気づいたからである。

 私たちは「服は特別」だと思わされていたのだ。しかし、バブルもはじけて、みんなすっかり目が覚めた。たかが服なのだ。

ファッションに「正しさ」を求めるエシカル消費が主流に

 人々がファッションに正しさを求めるようになったのはいつ頃からだろうか。倫理的な正しさを志向するエシカルファッション、エシカル消費という言葉は日本でも2010年代に入ってから頻繁に使われるようになってきた。

 エシカルファッションとは、狭義では「良識に基づいて生産、流通されているファッション」を指し、エシカル消費とは、そういったアイテムを選択し、消費することを意味する。公正な貿易である「フェアトレード」が生産や販売など主に送り手側からの代表的なエシカルファッションとするならば、受け手側である消費者は、「フェアトレード商品」を積極的に買うことで、自然や社会環境の保全に主体的に関わるエシカル消費を行うことが可能になるわけだ。

 しかし、ユニクロというブランドはエシカル消費が流行するずっと前から「エシカル」志向だったと言えるのではないだろうか。何しろユニクロは、2000年頃から「正しさ」を示し続けているのだ。「国籍や職業や学歴など、人間を区別してきたあらゆるものを超える、みんなの服」「活動的に、快適に生きようとするすべての人に必要な服」がユニクロの服であると主張し続けているのだ。あらゆる人に開かれた民主的な服。ユニクロが表だって掲げているイメージは常にまっとうで「エシカル」なのである。

「ライフウェア」を打ち出すユニクロは「ていねいなくらし」を売る

 2016年の秋にユニクロはグローバルブランディングキャンペーンと銘打って、「私たちはなぜ服を着るのだろう」という極めて根源的な問題を問いかけるCMを流した。そして「画期的な機能性」と「普遍的なデザイン性」が現時点での答えだと言わんばかりに、「ライフウェア」を提唱したのだ。

 ライフウェアとは、「画期的な機能性」と「普遍的なデザイン性」を組み合わせた、「生活をよくするための服」である。人々のライフスタイルや価値観をつくり、進化をもたらす未来の服である。柳井正の言葉で言えば、「より望ましいライフスタイルがこの商品の出現で可能」になり、それは「誰にとってもいい服」となるべきものである。

 こうして、「みんなのユニクロ」はついに「ライフウェア」となった。もう、「ライフウェア」があれば他には何もいらない。「画期的な機能性」と「普遍的なデザイン性」こそが、今、着るべき服の正解だ。

 「ライフウェア」は新たな価値観をつくり、ライフスタイルを示すものである。それは、服のかたちをした「ていねいなくらし」という理念ではないだろうか。ユニクロは、服を売っているのではない。ユニクロが売ろうとするのは、「くらし」である。

 30代主婦向けファッション誌『ヴェリィ』は、震災後に初めて発行した2011年5月号から、それまでにない新キャラクター「ミセスオーガニックさん」を登場させた。「ミセスオーガニックさん」とは、「オシャレは都会的でも、気持ちはオーガニック志向で素材や心地よさ、丁寧なくらしを大切にするママたちのこと」だ。

 2000年頃から『ヴェリィ』読者の間でも高まりつつあった環境問題ヘの関心やエコロジー意識、そしてロハスなライフスタイルへの憧れが、震災をきっかけに一気に吹き出したとも理解できるだろう。そんな震災後の理想的なライフスタイルを体現したのが、「ミセスオーガニックさん」なのである。

 こうして、「オシャレな人ほど今、気持ちはオーガニック!」になった。ファッションよりもライフスタイル、「ていねいなくらし」を大切にすることが「オシャレ」と考えられるようになったのである。

インスタブームで「スタイルのある日常」の価値が上昇

 「インスタ映え」が新語・流行語大賞に選ばれたのは、2017年の年末のことだが、まさに2017年は「インスタ(インスタグラム)」に明け暮れた1年だった。

 「個人による少し凝った構図の日常写真群」──それが「インスタ」の真骨頂である。それは、決して特別な非日常の写真ではない。何か特別なことがあったから、普段行けないところへ行ったから写真を撮って投稿するというよりも、むしろ日々の「くらし」こそ、「インスタ」に数多く投稿されているものなのだ。

 つまり、「インスタ」とは日常を見せるメディアなのである。ライフスタイルを見せるメディアなのである。今まで、現実の世界で服を着ることや化粧をすることで相手に与えていた印象を、「インスタ」を通して、「くらし」を見せることで、いっそう強めることもできるし、逆に現実とは異なる新たなイメージを与えることもできる。こうして、「スタイルのある日常」を「インスタ」で見せることが、いっそう価値を持つようになっていく。

 そもそもおしゃれはお洒落と書くように、洒落、すなわち遊び心の表現でもあった。だが、現在のおしゃれには「洒落」の要素はほとんど見当たらない。現在のおしゃれはもうおしゃれと言わなくてもいいのかもしれない。むしろそれは、「おしゃれ嫌い」と呼ぶべきものではないか。

コメント

ユニクロなどによってファッションが「民主化」され、服装に関心を持つ層が増えるのは良いことだと思う。しかし、「正しさ」や快適なライフスタイルを求めるファッションが、多様化の一環ではなく、画一化に向かうとすれば、それは文化の停滞を意味するのではないか。ファッション以外でも、現代の日本社会では「正しさ」が過度に重視される傾向が見られる。画一的な「正しさ」を追求するよりも、「正しいかもしれない」ものを試してみることがイノベーションにつながり、文化や社会が健全に前進していくのではないだろうか。


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