宇田川 元一 著 | NewsPicksパブリッシング | 200p | 1,800円(税別)

1.組織の厄介な問題は「合理的」に起きている
2.ナラティヴの溝を渡るための4つのプロセス
3.実践1 総論賛成・各論反対の溝に挑む
4.実践2 正論の届かない溝に挑む
5.実践3 権力が生み出す溝に挑む
6.対話を阻む5つの罠
7.ナラティヴの限界の先にあるもの


多くの組織の現場で、私的な感情などが絡む、必ずしも合理的ではない個人間やグループ同士の対立や足の引っ張り合いなどが起こり、業務の進行を妨げることがしばしばある。そうした「わかりあえなさ」に由来する関係性のトラブルは、定番の経営理論やノウハウでは解決が難しい。どうすればいいのだろうか。本書では、「適応課題」と呼ばれる複雑で厄介な組織の問題を、医療や臨床心理の領域で研究・実践されてきた「ナラティブ・アプローチ」を応用した「対話」によって解決する方法を論じている。それは、「わかりあえない」ように思える対立相手との「溝」に気づき、相手のナラティブ(物事の解釈の枠組み)を観察し、それを理解することで溝に「橋」をかける「準備―観察―解釈―介入」という4ステップのプロセスである。著者は経営学者で、埼玉大学経済経営系大学院准教授。経営戦略論、組織論を専門とし、大手企業やスタートアップ企業で、イノベーション推進や組織変革のためのアドバイザーや顧問を務める。


合理的ではない複雑な「適応課題」を「対話」で解く

 ハーバード・ケネディ・スクールで25年間リーダーシップ論の教鞭をとるロナルド・ハイフェッツは、既存の方法で解決できる問題のことを「技術的問題(technical problem)」、既存の方法で一方的に解決ができない複雑で困難な問題のことを「適応課題(adaptive challenge)」と定義しました。

 例えば、私たちはのどが渇いたとき、水を飲めばその問題は解決します。これは技術的問題だと言えます。確かに、こうした問題は知識の量が増えれば対処できるようになっていきます。職場で、各々が持っているデータを共有しなくてはならないというような場合であれば、これは単純にクラウド上にデータを保存するサービスがあることを知っていれば解決できます。

 一方で、クラウドサービスの導入にあたって、会議で提案をしたところ、「それはこういうリスクがある」と反対を受ける、そして、そのリスクは回避できるといくらロジカルに説明しても、何か別な理由をつけてまた反対される、というようなことがあった場合、それは「適応課題」だとわかります。なぜならば、表で語られている言葉の背後には、語られていない何か別なことがあると考えられるからです。

 例えば、「共有した情報を元に勝手に仕事を進められると、問題が起きたときに対処することが面倒くさい」とか「自分の持っているデータを共有されると、自分のアドバンテージが失われてしまう」などです。これは、単に「こうするほうが合理的だ」と主張しても解決しません。

 このように技術で一方的に解決ができない問題である「適応課題」をいかに解くか──それが「対話」です。対話とは、一言で言うと「新しい関係性を構築すること」です。

向き合う相手には自分とは異なるナラティブ(解釈の枠組み)がある

 哲学者のマルティン・ブーバーは、人間同士の関係性を大きく2つに分類しました。ひとつは「私とそれ」の関係性であり、もうひとつは「私とあなた」の関係性です。

 「私とそれ」は、向き合う相手を自分の「道具」のようにとらえる関係性のことです。例えば、私たちがレストランに行ったとき、「店員」さんに対して、一定の礼儀や機能を求めることはないでしょうか。要望を言えば、水なり料理なりを提供してくれる。そして、その人の年齢がいくつであれ、性別がなんであれ、「道具的な応答」を期待しています。

 一方で、「私とあなた」の関係とは、相手の存在が代わりが利かないものであり、もう少し平たく言うと、相手が私であったかもしれない、と思えるような関係のことです。対話とは、権限や立場と関係なく誰にでも、自分の中に相手を見出すこと、相手の中に自分を見出すことで、双方向にお互いを受け入れ合っていくことを意味します。

 社会で働く中で、私たちは気がつかないうちに「私とそれ」の関係性を相手との間に構築していることがよくあります。うまくいっているならば、無理にそれを変える必要はありません。しかし、そこから何か想定外の問題が生じたときなど、適応課題が見出されたとき、私たちはその関係性を改める必要が生じていると考えることができるでしょう。

 その一歩目として、相手を変えるのではなく、こちら側が少し変わる必要があります。「こちら側」の何が変わる必要があるのでしょうか。それはナラティヴです。「ナラティヴ」とは物語、つまりその語りを生み出す「解釈の枠組み」のことです。

 上司と部下の関係では、上司は部下を指導し、評価することが求められる中で、部下にも従順さを求めるナラティヴの中で生きていることが多いでしょう。また部下は部下で、上司にリーダーシップや責任を求め、その解釈に沿わない言動をすると腹を立てたりします。つまり互いに「上司たるもの/部下であるならば、こういう存在であるはず」という暗黙的な解釈の枠組みをもっているはずです。

 ポイントは、どちらかのナラティヴが正しいということではなく、それぞれの立場におけるナラティヴがあるということです。つまり、ナラティヴとは、視点の違いにとどまらず、その人たちが置かれている環境における「一般常識」のようなものなのです。

「準備―観察―解釈―介入」のプロセスで「溝に橋をかける」

 対話のプロセスは「溝に橋を架ける」という行為になぞらえることができます。仮に組織の中の異なる部門の代表同士が対話すると考えると、それぞれの部門ごとのナラティヴが互いの足場のようなもので、両者の間には溝があります。このナラティヴの溝(適応課題)に橋(新しい関係性)を築く行為が、対話を実践していくことなのです。

 この「溝に橋を架ける」ためのプロセスを、大きく4つに分けることができます。
1.準備:相手と自分のナラティヴに溝(適応課題)があることに気づく
2.観察:相手の言動や状況を見聞きし、溝の位置や相手のナラティヴを探る
3.解釈:溝を飛び越えて、橋が架けられそうな場所や架け方を探る
4.介入:実際に行動することで、橋(新しい関係性)を築く

 部門間の対立(適応課題=溝)の典型例として、新規事業開発部門と既存の事業部との対立を考えてみましょう。どの会社でも直面するのが、イノベーション推進を行う部署と既存の事業部との冷ややかながら、厄介な見えにくい対立構図だったりします。

 会社の収益に現時点で貢献している事業を回している事業部長、あるいは現場の人々は、日々コストを意識しながら、厳しいスケジュールと限られた予算で事業を運営することを求められています。既存事業の人々からすれば、新規事業開発をやっている人たちの姿は、「自分たちは締め上げられているのに、赤字を垂れ流しながら面白そうなことをやっていて、いい気なものだ」と思いがちです。

 そうなると、新規事業開発をする部署の人が、既存事業部と連携をしようとしても、「そんな成果が出るかどうかわからないところに、うちの工数は割けません」とはねつけられたり、冷ややかな対応をされてしまうこともあります。

 このように発生するナラティヴの溝にどうやって橋を架けていくことができるでしょうか。

 まずはしっかりと準備を経て観察―解釈―介入のプロセスを回していくわけですが、一歩目は準備として、周りを「イノベーション推進に非協力的な人たち」と解釈してしまう自分のナラティヴを一度脇に置いてみることが必要です。そうすると、なぜ非協力的になっているのか、相手のナラティヴを観察する準備が整います。

 あるメーカー企業の新規事業開発の部長も、自分のナラティヴを一度脇に置き、正論で戦うことはせず、既存の事業部や経営陣をよく観察することからはじめました。既存事業部が取り組めていない困りごとを見つけ、また、他の事業部が彼ら(新規事業開発部門)にどのような期待をしているか、何を潜在的に求めているのかについても、よく観察しています。

 そして、その観察からわかったことに基づいて、新規事業部に別の役割を発見することができました。それは既存の事業部とコミュニケーションを密にしながら、尖兵としてパイロット的に先に失敗をした情報を積極的に提供するインテリジェンス(情報機関)としての役割でした。これは確かに、既存の事業部からしても、新しい情報を得ながら、中期的に直面するリスクを避けるという意味で有用です。

 また、なかなか既存事業部の中で手が回らない人材育成の役割や、他の事業部でやりにくい事業の実験を引き受けるなど、必ずしもすぐに成果が出ない中で、社内に新しいことをもたらす役割を徹底して果たしています。こうした対話的な実践を通じて、新規事業部の活動は既存事業部の活動とはまた違う役割があることを認めてもらえるようになりました。

 常に観察を欠かさないことで、次々と橋を架けていくことができ、自分たちの活動は会社にとってより意味のあるものになると同時に、周囲の事業部や部門と良好な関係を構築することが可能になるのです。

コメント

自分のナラティブを強固に持ちすぎて、表面的には良好な関係を築いているように思えても、実際には、相手が本音を隠していることや、お互いのナラティブの食い違いに起因する溝(=適応課題)に気づかないことがよくあるのではないか。たとえば「部下は上司に無条件に従うものだ」というナラティブを上司が(無意識にも)強く持っていると、表面上は問題なく会話しているように見えて、不満がマグマのように溜まり、一気に爆発する危険性がある。本文にあるように「自分のナラティブを一度脇に置く」ことは極めて重要と言えよう。その上で、いきなり対話をしようとせずに、相手を一方的に観察してそのナラティブを知る。そうしたワンクッションを置き、落ち着いて問題解決を図ることが、大事なのではないだろうか。


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